
2026年10月24日から京都国立近代美術館で開催される『ジュエリーは、誰を夢みる』展。国内外から選ばれた70名以上のジュエリーデザイナーの作品が並ぶなか、薗部悦子さんの作品も重要な位置を占めています。
長年にわたり日本のジュエリーデザインを牽引してきた薗部さんに、これまでの歩みと展覧会にかける思い、そして創作の原動力についてうかがいました。
詩と絵、ジュエリーが奏でるハーモニー
詩人の長田弘さん、アートディレクターの渡邉良重さん、そして薗部悦子さん。異なる分野で活動する3人が手をたずさえ、絵本『ジャーニー』は生まれました。今回の展覧会では、絵本と、そこに収められたジュエリーの一部がハイライトを飾ります。

異色の絵本『ジャーニー』誕生のきっかけは、2009年に権威あるオランダのコンテンポラリージュエリーのプライズ「マーゼ賞」を薗部さんが受賞したこと。この機会に自身の作品集をつくるプロジェクトが始まったのです。ですが「カタログのようにありきたりな形式での作品集にはどうしてもしたくなかった」と薗部さん。
「定型の作品集ではなくて、もっと楽しいものを作りたいなと思って。そんなとき、渡邉さんの『ブローチ』という絵本を偶然手に取って、なんてきれいな本なんだろうと感動したんです。そこで、私が手紙を書いて送ったことから、一緒に本をつくることになりました」
この絵本では薗部さんの作品と、渡邉さんの色彩豊かなイラストレーションが美しく呼応します。そこに言葉を選び抜いた長田さんの詩が重なって、独自の世界観を繰り広げてゆく内容です。
「長田さんとは特に打ち合わせはせず、ちょっと詩を書いてみましょうという感じでゆるやかに始まったのですが、言葉のひとつひとつが驚くほどきれいにはまって、本当に感激しましたね」
ジュエリーとグラフィック、そして詩。それぞれ異なる表現がひとつの本の中で響き合うことで、ジュエリーは「身につけるもの」という枠を越え、ひとつの物語として立ち上がりました。

絵本にも登場する《Hidden Memories》は、2007年のオランダでの初個展で披露された真珠のネックレス。このとき薗部さんが着目したのは、ジュエリーはさまざまな角度から見られる存在だということ。そこで、正面からは真珠は見えず、側面から見たときに魅力が現れるようにデザインしたのだそう。見えないけれど、見える。見えるけれど、見えない。そんな不思議なネックレスです。
こうした発想の背景には、ジュエリーを決まった方向から鑑賞するものととらえず、身につけた人の動きや見る角度によって異なる表情を楽しむという、薗部さん独自のデザインへの考え方がひそんでいるようです。


『ジャーニー』のグラフィックを手がけた渡邉さんとは、再び協働の機会が生まれました。2020年、詩人の谷川俊太郎さん、作曲家の阿部海太郎さんを加えた4人で異例のジュエリー展示と演奏会を行ったのです。
「谷川さんはこの試みを本当に楽しんでくださって、次回は宝石を手に持ってインスピレーションをかきたてられながら詩を書きたいとおっしゃっていたのですが、残念ながらそれは実現しませんでした」
国民的詩人、谷川さんは2024年に惜しまれながら亡くなったからです。
自身の作品を、ジュエリー界の「当たり前」から少し離れたところに置く薗部さん。ジュエリーを限られた業界人や愛好家だけのものにしたくない。より幅広い人々に作品に接してもらいたい──。そこには、デザインを社会に開いていこうとするまっすぐな思いがあります。
ものづくりは「なぜ?」から始まる
「学生の頃から、とにかく疑問を持っていたんです」
大学では、今回の展覧会でも紹介される日本のジュエリーデザインの先達、菱田安彦氏に師事したという薗部悦子さん。工芸工業デザイン学科でジュエリーメイキングを学び始めた頃、まず疑問に感じたのがブローチでした。

「ブローチを作りましょうと言われると、みんな当然のように裏にブローチピンをつけるんですよね。でも、どうして裏に必ずピンをつけなくちゃいけないんだろう。留める機能も造形の一部としてつくれないだろうか……と考えたわけです」
既存のあり方にとらわれず、ジュエリーを造形としてデザインする。薗部さんの思考はそこがスタート地点でした。
「たとえば椅子だったら、人が座るにはどうすればいいんだろう、どういう形になっていればいいんだろうって、まず最初に考えますよね。それと同じでジュエリーも、人が身につけるにはどうしたらいいんだろうと、そこから考えなければいけないと気づいたんです。以降、そういうことを絶えず考えるようになりました」
大学卒業後はコンテストにも積極参加。1983年には「ダイヤモンド・インターナショナル・アワード」で受賞を果たします。デビアスが主宰するこのアワードは、当時としては最大規模の華やかな国際ジュエリーデザインコンテストでした。
その後、和光からオリジナルウォッチやクロックのデザイン依頼も舞い込みました。時計を手がけたことはありませんでしたが、ためらうことなくチャレンジして好評を博します。ジュエリー以外のものづくりにも携わった経験は、視野を広げ、表現力を磨くことにもなりました。

いらない宝石たちに注ぐ温かな視線
カラーストーンを使った作品で広く知られる薗部さんですが、スタート時から宝石に惹かれていたわけではないといいます。山梨で暮らしていたある日のこと、県の依頼でジュエリー関連企業を訪ねて出会ったのは、倉庫に眠る不要な石たちでした。
色がまだらだったり母岩がついていたりして、一般的には宝石として使われない石が、ずっとそこに放ってありました。いらないものだけれど不思議に魅力的で、うまく使えないかなと夢中になってしまったそう。
そこから生まれたのが「落ちこぼれの宝石」という可憐な作品。
「誰も見向きもしないけれど、夜になると月の光で私たちはひっそり光る──というような詩を書いて、石ころみたいな形のジュエリーに添えました。小さなギャラリーで開いた、私の最初の個展です」
なぜ、きれいに整った宝石だけがジュエリーに使われるのだろう? そんな疑問がここにもありました。なぜ? なぜ? なぜ? 薗部さんは何度でも問いかけます。
「当たり前」を疑うことで広がる可能性
薗部さんの問いが向けられる先は、ジュエリーだけではありません。
「ボタンって、洋服はいろいろあるのに、いつも同じ機能で、同じ表情なんですよね。それがなんだかかわいそうに見えて」
そこで「ボタン」というタイトルの個展を開き、ボタンのあり方そのものを考えました。その次は、バッグ。
「バッグも当たり前のように、入れるところがあって、持ち手がある。その機能ありき、みんなデザインする。それが私にしてみたら、すごく面白くなかったんです。そこで“持つ”という行為そのものをデザインに取り込んだらどうだろう、と考えました」
たとえば、バッグに手を入れて持つ(内側に持つところがある)。手袋に手を入れて持つ(バッグと手袋が一体化している)。バッグと持ち手の関係を自由に解放する。ジュエリーであれ、アクセサリーであれ、決まりきったものを少しだけ疑ってみると、そこに新しいデザインの可能性が生まれると、薗部さんは語ります。

カテゴライズされることに背を向けて
コンテンポラリージュエリーの過去・現在・未来を見つめ直す展覧会『ジュエリーは、誰を夢みる』。会場ではetsuko sonobeの作品は、アート作品として展示されます。けれど薗部さんは自身を「コンテンポラリージュエリーの作家」というジャンルにはめ込みたくないといいます。
「42年前にやはり京都でコンテンポラリージュエリー展が開かれたときは、作家によるアート志向のジュエリーという1980年代の大きなデザインムーブメントがありました。でも現在はそれがないし、ジュエリーのバリエーションがくらべものにならないくらい幅広くなって、境界があいまいになっていますよね。だからコンテンポラリージュエリーか、それともファッションジュエリーかというジャンル分け自体が難しいと思います」
今回の展覧会で展示されるリング《Ingot 999 in the ring》は、ゴールドの価値をとらえ直す作品。内側には、純金の小さなインゴット(のべ棒)が隠されています。他の人から見れば、それはシンプルでスタイリッシュなリングですが、つけている人は常に純金の肌ざわりを感じることができるのです。
純金は優れた熱伝導率を持っていますから、温かく感じる人もいるでしょう。また、ここ数年の急激なゴールドの価格上昇から、資産としての価値をインゴットに見出す人もいるでしょう。ゴールドジュエリーとはファッションなのか、それともまったく違う別の何かなのか。ここに問題が提起されています。

問いかけることを忘れない、恐れない
長いキャリアの中で、薗部さんは何度もジュエリーという分野の内と外を行きつ戻りつし、また、さまざまな実験的アプローチにも挑み続けてきました。
「もうジュエリーは止めて、違うデザインの仕事をしようかなと思ったことも、実は何度かありました。でも、そのたびに自分で出口を見つけることができたんですね」
これほど長くデザインを続けてこられた理由、それはとてもシンプルでした。
「ずっと面白かったからやってきたんです。ただ作ってジュエリーにするだけではなくて、いつも疑問を持って考える、ということがきっと楽しかったんですね」
薗部さんにとって、デザインとは完成された答えを探すことではないのかもしれません。「なぜ?」と問い、答えを探す。その繰り返しが、新しい形、これまでにない輝きを生み出してきました。問いかける姿勢を持ち続けることが、etsuko sonobeの創作の原動力なのです。
薗部悦子 / ETSUKO SONOBE PROFILE
武蔵野美術短期大学専攻科卒業後、企業のジュエリー、ウオッチなど、プロダクト製品の商品開発にデザイナーとして携わる一方、作家活動としてコンテンポラリージュエリーの制作を続ける。それらの作品はオランダ、スイス、オーストリアやイギリスなど海外、そして国内のギャラリー、美術館などで発表している。主な展覧会に、フォルツハイム美術館「ORNAMENTA 1」,東京国立美術館工芸館「ジュエリーの今、変貌のオブジェ」など。作品は、National Museum of Scotland、The Marzee collectionなどに収蔵されている。2009年にオランダGalerie Marzee の「The Marzee Prize」受賞。現在、石の扱い方に特徴がある「etsuko sonobe」のジュエリーブランドを展開し、ロンドン「COLLECT」、アムステルダム「PAN」などのアートフェアにも出品。2012年、言葉と絵とジュエリーのコラボレーション絵本「ジャーニー」(詩・長田弘、絵・渡邉良重) をリトルモアより刊行している。
京都国立近代美術館展覧会「ジュエリーは、誰を夢みる」
日時:2026年10月24日〜2027年1月17日 10:00〜18:00(金曜は20時まで。入館は閉館30分前まで)
休館日:月曜(ただし11月23日、1月11日は開館)、11月24日(火曜)・12月29日(火曜〜1月3日(日曜)・1月12日(火曜)
場所:京都国立近代美術館
住所:〒606-8344 京都府京都市左京区岡崎円勝寺町
TEL:075-761-4111(代表)
URL:https://www.momak.go.jp/観覧料:一般2,000円(1,800円)、大学生1,300円(1,100円)、高校生600円(400円) ※()内は前売り及び金曜18:00以降の夜間割引。中学生以下は無料。
※前売り券は10月23日(金曜)までの限定販売。
※好きなジュエリーを身に着けて来た人は当日券が各種100円引き。チケット購入時、窓口で申し出のこと。主催:京都国立近代美術館
特別協力:専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ、公益社団法人日本ジュエリーデザイナー協会、国立工芸館
協力:JEWELRY JOURNAL
interviewed on 2026.9
text by Keiko Homma