京都国立近代美術館 観る前に読みたい 「ジュエリーは、誰を夢みる」展

所蔵者の妻の死後、故人が愛用していた指輪をアクリル樹脂に閉じ込めて制作された作品。ものを入れる機能よりも、手に持つジュエリーとしての役割を踏まえてバッグのかたちをしており、持ち手も故人が愛用していたバッグから転用されている。ジュエリーが持ち主の記憶や思い出と切り離せないことを強く意識させられる作品。/テッド・ノーテン《CHISAKA’S BAG》2006年 リング、アクリル樹脂 専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ蔵 撮影:渞忠之

京都国立近代美術館で2026年10月24日から開催される企画展「ジュエリーは、誰を夢みる」。コンテンポラリージュエリーの過去と現在、そして未来をテーマにした企画展であり、1984年に同美術館が主催した国際展「今日のジュエリー 世界の動向」以来、実に42年ぶりとなる展覧会として内外から注目を集めています。

本展では、同館が収蔵するコンテンポラリージュエリーの作品群に加え、半世紀ぶりにドイツから届く優れた作品、さらには活躍中の現代作家たちによる作品まで、「コンテンポラリージュエリー」というこの興味深い芸術を、多角的な視点で見つめ直すことができる貴重な機会です。

見れば一瞬で心をつかまれるような秀作が揃いますが、背景に流れる戦後日本のジュエリーの物語や作家たちの思いを知ることで、展覧会はさらに味わい深さを増すはずです。今回、本展のキュレーターを務めた同館学芸課研究員の宮川智美さんにお話を伺いました。

めかし込んだ男性の胸元に光る金塊のブローチは、“本物”のスイス・チョコレートの紙箱製。洗練された文化的素養、また財産として金のジュエリーを求める気持ちを、皮肉を込めて象徴する作品。/オットー・キュンツリ ブローチ《スイス・ゴールド》 1983年 厚紙、アクリル 京都国立近代美術館蔵 ©OTTO KÜNZLI, VG BILD-KUNST, BONN 2025

身に着けるものに表現が侵入している

京都国立近代美術館で開催される「ジュエリーは、誰を夢みる」展のプレスリリースには、展覧会の趣旨を象徴する言葉として「身に着けるものに表現が侵入している」という一節があります。

その言葉の強さにハッと息を呑み、宮川さんに真意を聞いてみました。

「今回の展覧会は、2年以上の時間をかけて企画を練ってまいりました。展覧会の準備過程では、多くの方が関わります。海外のキュレーターに意見を聞いたり、デザイナーと打ち合わせを重ねたり。その中で、あるデザイナーが口にしたのがこの言葉でした。私自身、コンテンポラリージュエリーを定義することの難しさや、無理に定義することで本来の楽しみ方から離れていってしまうのではないかという危惧があったのですが、彼の言葉を聞いて面白いと思いました。この言葉が、コンテンポラリージュエリーの本質を突いているのではないかと感じたんです」(宮川さん)

その話に、思わず頷く私。というのも、この取材に入る前、インタビューについていけるだろうか、いやそれ以前に「コンテンポラリージュエリーってそもそもどういう存在なのか?」と不安で、有識者に意見を聞いたり自身で調べたりしたものの、追えば追うほどわからなくなる……というジレンマに陥っていたのです。宮川さんの言葉は、私の心の中にずっと浮かんでいた思いそのものでした。

平松保城(1926-2012)大阪出身の工芸作家。戦争を経験した世代の平松は、やがて人々の暮らしを豊かにするものとして工芸の技術をジュエリーで表現するように。作品は海外でも注目を集め、多くの美術館のパーマネントコレクションとなっている。/平松保城 ブローチ 1977年 金(K23、K18)、七宝(裏面)東京藝術大学蔵

1984年の展覧会と、その後の空白

ここ数年、日本では海外のラグジュアリージュエリーメゾンによる大規模な回顧展がいくつも開かれ、そのたびに多くのファッション好きが会場に詰めかけました。一方、コンテンポラリージュエリーにおいては、作家たちのグループ展や企画展の開催は美術館では限られており、長い歴史を俯瞰する大規模な展覧会はほとんど開催されてきませんでした。

「80年代といえば、バブル期の日本が好景気のフィナーレに向かっていた華やかで元気のある時代でした。これまで、商業的な面も含めて日本のジュエリーがどのような道筋をたどったかという研究は、ほとんどありません。1960年代には日本ジュエリーデザイナー協会(JJDA)が設立され、その後、海外に名を馳せるジュエリー作家が誕生しています。42年前の展覧会は、戦後日本でもジュエリーが定着した時期に、同時代の美術に影響を受けた新しい動向を紹介するものでした」(宮川さん)

その後、同館のコレクションが更新されることはなく、継続的な研究が行われてこなかったコンテンポラリージュエリーの世界。それだけに、久々の開催にあたって宮川さんたちが苦労したのは、膨大な資料や人々の記憶、海外の識者の知見といった情報を、それこそ宝石を一つ一つ拾い集めて一連の長いネックレスに繋いでいくように根気のいる作業だったといいます。

薗部悦子はThe Marzee Prizeを受賞。それをきっかけに、薗部(ジュエリー)、長田弘(詩)、渡邉良重(絵)の三者によるコラボレーションで、ジュエリーを巡る絵本『ジャーニー』が生まれた。/薗部悦子 ブレスレット《THE SHAPE OF TIME》2007年 カーネリアン、20Kゴールド 作家蔵

それもすべて、あなたたちの物語

「私自身が80年代をリアルに体験した世代ではないので、情報の一つひとつを細かく調べていく必要がありました。同時に、とても興味深い知の旅でもありました。当館には84年の展覧会の会期終了後にそのまま収蔵したコレクションがあるのですが、それらも再度見つめ直しました。作品と作家、身体と装飾、身体と社会といった様々なテーマからジュエリーを見ていくと、作品を通して何が表現されているのかが、徐々に紐解かれてきたのです」(宮川さん)

宮川さんは当初、1984年開催の展覧会が日本における初のコンテンポラリージュエリー展だと考えていました。ところが、調査のために訪れたドイツ・ミュンヘンの美術館「ピナコテーク・デア・モデルネ」のペトラ・ホルシャー博士から、「日本ではすでに1970年に国際ジュウリー・アート展が開催されていましたよ」と、ヘルマン・ユンガー(1928-2005/ドイツの彫金師・ジュエリー作家)のアーカイヴから、1970年に日本で開催された「国際ジュウリーアート展」のカタログを取り出して見せてくれたのです。宮川さんにとって、それはとても重要な助言だったといいます。

「彼女は、『この時期にこれだけの国際展を実施できたのは、すごいこと。84年の展覧会は、スタートではなく、一つの結果ではないのか』と言うのです。そして、この企画を進める上で指針ともなった一言を言ってくれました。『これは、あなたたちの物語よ』と。私は、それまでの動向は、金工の作家を中心として、コンテンポラリージュエリーと呼ぶにはやや傾向の異なる動きだと思っていました。しかし彼女の助言を受けて、改めて時代を分断せずに一続きのものとして、戦後のジュエリー草創期を築いた作家たちについても調べを進めることにしました。」(宮川さん)

新里明子はロンドンのセントラル・セント・マーチンズ在学中、容姿と自信の相関関係についての研究を背景として、顔を改変するジュエリーの制作を開始。別の誰かになりたいという憧れは、時に強い原動力を人に与えるが、同時にそれは、今の自分を直視して向き合い、前へ進むことでもあると示唆している。/新里明子 ヘッド/ノーズピース《ANOTHER SKIN》 2015年 金メッキ真鍮、スワロフスキークリスタル 作家蔵

芽吹きの頃から醸成を経て、未来へ。三部構成の物語

丹念な見直しと多くの発見を経て、本展は三つの章を軸に構成されています。第一章の前にはプロローグ、第三章の後にはエピローグが置かれますが、インタビューでは中心となる三つの章について伺いました。全体を貫くテーマを、宮川さんはこう話します。

「全体を通して、『豊かに生きる』ということがとても重要なテーマだと思っています。時代や社会の状況、経済発展のなかで、作家たちはその時々に、何が豊かな生活や生き方なのか、ジュエリーを通して何を提案できるのかを考えてきたのだと思います」(宮川さん)

第一章
1960年代からのコンテンポラリージュエリーの黎明期を紹介します。厳密にいえば、この頃の作家たちの意識には商業的ジュエリーと表現としてのジュエリーの差は、あまりはっきりと存在していませんでした。それまで、金工など工芸の分野で生きてきた作家たちが、時には周囲から「女が使う装飾品を作るなんて」という今では信じられないような色眼鏡で見られつつ、それでも海外のジュエリー作家たちの活躍を知り、「ジュエリーの固定概念を外し、もっと豊かで自由な暮らしを」と夢見て制作に取り組んだ時代です。戦争を経験した世代でもあった作家たちがジュエリーに込めた想いがどれほどであったかを考えると、とても興味深い時代といえます。

第二章
1970年代後半以降の時代を中心に展開されます。雑誌カルチャーが全盛期を迎え、毛皮かダイヤモンドかといった高級消費が広く浸透した時代です。日本で初めてジュエリーの専門学校を開校したのは「ヒコ・みづのジュエリーカレッジ」ですが、今回は同校の所蔵品も多くお目見えしています。また、この学校では早くからコンテンポラリージュエリーの授業を行っていました。「ジュエリーを通じ、現代アートと同様に社会へ問題提起を行う」とする流れを、海外作家との交流なども交えて紹介します。

第三章
現代作家たちの作品を取り上げる章で今回の展覧会のラストを飾ります。とりわけ、海外への進出が盛んとなったことで見つめ直した日本という存在、アイディンティティの捉え方などがこの章の最大のテーマ。SNSの普及によって、作家自らが作品や思想を世界へ発信し、直接販売することも可能になりました。物理的な販売の場を持たずとも作品を届けられ、国や地域を越えて情報が行き交うという、かつてとは大きく異なる環境のなかで、ジュエリーをつくること、表現することの意味もまた変化しています。そんな時代に、作家たちは何を見つめ、どのような表現を生み出しているのか。その現在地を垣間見ることができるでしょう。

角度を変えると、ハートにもエタニティー(∞)にも見える形をした「愛は盲目」と題された指輪。表面には、5か国語の点字で「I LOVE YOU」と書かれている。当時作家は、ミュンヘン美術アカデミーのオットー・キュンツリのもとでコンセプトを持つジュエリーを学んでおり、それは日常的に異なるコミュニケーション方法や文化的背景に身を置くことでもあった。本作は、ジュエリーに馴染みあるモティーフを用いながら、努力しなければ意味の汲み取れない関係性を提示している。/いしかわまり リング《LOVE MAKES BLIND(愛は盲目)》1999年 銀 作家蔵

作品に宿るディテールの完成度

本展では、長い時間大切に保管されてきた過去の貴重なコレクションが多く展示されます。なかでも宮川さんが見どころの一つとして挙げるのが、それらの作品が持つ完成度の高さ。どんなディテールにも圧巻の技術力が伺え、作り手であれば息をのむはずといいます。

「コンテンポラリージュエリーといえば大仰なデザインや奇抜な素材をイメージされる方も多いのですが、着用するという不文律の掟があるため、実物はどれも思わず唸るような完成度を誇ります。アクリル樹脂やファイバーなどといった現代の素材を用いた作品も、例えばブローチの裏の留め具や細部の処理などは目を見張るものがあります。自身がゴールドスミス(金細工職人)であるという作家も多く、例え異素材を用いたとしても、その技術は必ず作品に宿っているのだと思います」(宮川さん)

所蔵者の妻の死後、故人が愛用していた指輪をアクリル樹脂に閉じ込めて制作された作品。ものを入れる機能よりも、手に持つジュエリーとしての役割を踏まえてバッグのかたちをしており、持ち手も故人が愛用していたバッグから転用されている。ジュエリーが持ち主の記憶や思い出と切り離せないことを強く意識させられる作品。/テッド・ノーテン《CHISAKA’S BAG》2006年 リング、アクリル樹脂 専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ蔵 撮影:渞忠之

自分の中にある思い出を掘り起こすように見てほしい

関わった方々が開催までにたどった物語を伺い、私は再度、自分が抱いていたジュエリーのイメージを思い出していました。

「目上の人と会う時、きちんと見られるためにはどんなジュエリーを身に着けるべきか」「洋服とのバランスを考えて選ぶべきジュエリーは」「○○円台で買える費用対効果の高いジュエリーは」など、考えてみれば私とジュエリーの関係は「どう見られるか」が常にメインテーマでした。このままだとちょっと悲しい、もっと自由に楽しんでみたい、と思ったのです。

「今回の展覧会でご紹介する数多くの作品、そして作家たちは、ジュエリーとは自身を映す鏡であるかのように制作に取り組んできました。海外に出て自分を見つめ直した人もいれば、作風を大きく変えた人もいます。ここで出会うジュエリーとの対話をきっかけに、自分自身がジュエリーに託して、大切にしているものは何かを考えていただけたらと、そんな意味も込めて展覧会のタイトルをつけました」(宮川さん)
 


 

私にとってジュエリーとは?

 
「ジュエリー」。

誰もがその意味を知る言葉であり、価値やデザインは別として多くの人々が何らかの“ジュエリー”を、大切に持ち続けているのではないでしょうか。筆者にとって長い間、ジュエリーのイメージは狭いものでした。強い憧れの念を抱きつつ、「ジュエリーとは女性を華やかに装飾するもの」であり、「富や栄華を他者に知らせる小さな発信器」でした。

なぜなら、人類史においてジュエリーとは、太古は宗教的意味を持つものであり、時代を経てからは幾多の国々で高貴な人々や姫君・王妃を装飾する道具であり、近代以降は金や宝石という“資産価値”をデザインという衣で昇華させたものであったから。

それらとは違う、新たな思想をまとったコンテンポラリージュエリー。作り手が思いを表現するために生み出し、「身に着けられる」という制約を守ることで、ジュエリー/アートという2つの世界の狭間を縫うような存在です。作家の思想を、使い手が身に着けて楽しみを共有できるとは、考えてみればなんとユニークなのでしょうか。

今回の展覧会では、キャリアのある作家は原点を思い出すはずです。そして、若い作家にとっては、これまでの歩みの先にいる自分を感じられるかもしれません。美しき小さな作品たちが放つ力強いエールを、ぜひご自身で受け取ってみてください。
 
 


 

京都国立近代美術館展覧会「ジュエリーは、誰を夢みる」
会期:2026年10月24日〜2027年1月17日
時間:10:00〜18:00(金曜は20:00まで。入館は閉館30分前まで)

休館日:月曜(ただし11月23日、1月11日は開館)
11月24日(火曜)・12月29日(火曜) 〜1月3日(日曜)・1月12日(火曜)

場所:京都国立近代美術館
住所:〒606-8344 京都府京都市左京区岡崎円勝寺町
TEL:075-761-4111(代表)
URL:https://www.momak.go.jp/

観覧料:一般2,000円(1,800円)、大学生1,300円(1,100円)、高校生600円(400円)
※()内は前売り及び金曜18:00以降の夜間割引。中学生以下は無料。
※前売り券は10月23日(金曜)までの限定販売。
※好きなジュエリーを身に着けて来た人は当日券が各種100円引き。チケット購入時、窓口で申し出のこと。

主催:京都国立近代美術館
特別協力:
 専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ
 公益社団法人日本ジュエリーデザイナー協会
 国立工芸館
協賛:NIWAKA
協力:JEWELRY JOURNAL

interviewed on 2026.8
text by Mayuko Yamaguchi