3つのモチーフから始まった10年間の歩み《小林モー子》インタビュー − 前編

ブランド発足10周年を迎えて、7月10日より恵比寿のgallery deux poissonsにて数年ぶりの個展開催となる《Môko Kobayashi(モーココバヤシ)》の小林モー子さん。3つのモチーフのアクセサリーからスタートしたブランドですが、この10年間で展開したモチーフやデザインは500種類を超えています。ビーズ一粒ひと粒を刺すように積み重ねてきた過去と思い描く未来のことを伺いました。

フランスオートクチュール刺繍の世界に魅せられて

幼少期からものづくりが好きだったという小林モー子さん。パタンナーを目指して文化服装学院で学んでいたある日、渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催された「パリ・モードの舞台裏」と題された展覧会に足を運んだ。

「展示されていた刺繍作品を見て、分からなかったんです。それまで自分で刺繍もしていたし、学校で学んだファッションに関する知識もある程度はあるはずなのに、目の前で見ている刺繍がどうやって作られているのかが分からない。これはすごい!と感動したのが、『Lesage(ルサージュ)』というアトリエが手掛けたフランスオートクチュール刺繍との出会いでした。そこからすぐに興味をもって調べたら『Ecole Lesage broderie d’art(エコール・ルサージュ)』があることが分かり、ここで学びたい!と強く思いました」

次なる目標を定めながらも留学資金を貯めるために、文化服装学院を卒業後はアパレルメーカーに就職。数年間、会社員勤めをしながらも、フランスオートクチュール刺繍への思いは募る一方だった。そうして2004年に、念願の渡仏をかなえた。

「パリ・モードの舞台裏」展に際して刊行された図録。帽子、手袋、宝飾細工、羽根細工、刺繍、プリーツなどモードの舞台を支える職人やクリエイター、工房などにスポットを当てた1冊。「展覧会開催時にじつはこの図録を購入しなくて。後になって手元に持っておきたかったなと話していたら、アトリエのスタッフたちが見つけてきてくれてプレゼントしてくれたんです。とても嬉しかったですね」と小林モー子さん。

エコール・ルサージュでの学びの日々

1992年に開校した『Ecole Lesage broderie d’art(エコール・ルサージュ)』では、メゾンの仕事も手がける刺繍職人が講師となり世界各国から集まる生徒を指導する。年間を通していつでも誰でも入学できるが、コースはフランス語か英語のみ。

「朝から夕方までびっちりとコースがスケジュールされているだけでなく翌日提出の課題なども多かったから、とにかく毎日通って、寝る間も惜しんで刺繍をしていました。せっかくパリにいるのだから、美術館を訪れたり街を歩いたりともっと吸収できることがあるはずと思うこともありましたが、そんな余裕もなく。渡仏する前に日本でフランス語の勉強も少しはしていましたが、語学の勉強もしなくてはいけないしと、とにかく毎日が学びの連続でしたね」

小林モー子さんがパリで開催した個展の際に、生前のフランソワ・ルサージュ氏(フランス刺繍の第一人者であり、エコール・ルサージュを開校した)と撮影した貴重な一枚。

『Ecole Lesage broderie d’art(エコール・ルサージュ)』でフランスオートクチュール刺繍を1年学んだ後に、ディプロム(資格)を取得。ウェディングのアトリエで刺繍を担当したり、ジュエリー会社の刺繍を手掛けたりしながら、パリで7年間暮らした後に帰国する。

「日本を拠点にするにあたって具体的な未来図があったわけではないのですが、帰国を決めた理由はいくつかありました。パリで制作を続けていくとコレクションラインのアイテムを担当するだけでなく、絵画を刺繍で刺したアート作品を個展で発表したりと充実した日々を送ることができました。その一方で、どうしてもオートクチュールやアート作品は高額になってしまうことに少しジレンマも感じていたんです。もう少し手が届きやすく、日常使いできるアクセサリーを作りたいと個人的にスタートしたのがブランドの始まりです。そうして出来上がったアクセサリーは、まだパリにいた頃ですが宮城県仙台にあるお店でPOP UPを開催する機会をいただきました。おかげさまで評判も良く、日本からのオファーも増えたことで手応えを感じていました。

さらに当時はパリでの様子をブログで紹介していたら、刺繍を教えてほしいというコメントをいただくことが増えていって。日本に帰国した際には刺繍教室を主宰しようと、漠然と思い描くようになっていました」

3つのモチーフがもたらした気づき

帰国後、順風満帆なスタートをきったかのように思えるが、本人からすると嬉しい悩みもあった。

「伊勢丹(現:三越伊勢丹)の海外バイヤーさんから紹介されて伊勢丹で催事を開催できることになって。嬉しい反面、その当時はまだ3つのデザインしかなくて、必死になって新しいデザインを考えました。その年の冬には東京・恵比寿のgallery deux poissonsで個展を実現することもできました。その時にはデザインもだいぶ増えていましたね」

服がキャンバス、アクセサリーが絵になるようなイメージをもって制作をしている小林モー子さん。ユニークなモチーフ選びも話題となり、ブランドの認知度や人気は高まっていった。

ブランドスタート時から展開している3つのモチーフ。写真左から順に、稲妻、シャンパン、オバケ。

「当時からモチーフとして単純におもしろいもの、さらに言うとアクセサリーにはあまりないものは意識していました。でもある時、自分が手掛けたアクセサリーを見ていて気づいたんです。1番最初に制作した稲妻、シャンパン、オバケのモチーフを見ても分かるようにブラブラしているパーツがついていて、ある瞬間を切り取るデザインが好きなんだなって。そのことに気づいてからは、瞬間を切り取ることで魅力あるモチーフってなんだろうと意識するようになりました」

写真左から、しっぽがブラブラするチーター、ことわざシリーズの定番人気「猿も木から落ちる」。

ブランドをスタートさせた当時はずっと1人で制作活動をしていくと思っていたそうですが、アトリエには徐々にスタッフが増え、《Môko Kobayashi(モーココバヤシ)》の世界観はさらに広がっていきます。また今夏には、アトリエ近くの古民家で新規飲食事業をスタートさせると語る小林モー子さん。その詳細は、インタビューの後編に続きます。


Profile 《Môko Kobayashi》小林モー子
アパレルメーカーのパタンナーを経て、2004年に渡仏。Ecole Lesage broderie d’artにてオートクチュール刺繍を学びディプロムを取得、パリを拠点に刺繍活動を開始する。画家大月雄二郎氏とのコラボレーション作品や、アクセサリー等の刺繍作品を制作。2010年から日本へ拠点を移し、刺繍アクセサリーの制作、オートクチュール刺繍教室を主にmaison des perlesとして活動を始める。フランスオートクチュール刺繍の世界において古くから伝わる伝統技術にcrochet de luneville(クロッシェ・ド・リュネビル)と呼ばれるかぎ針を使用したテクニックがあり、その技術を中心に様々な刺繍活動を行う。
公式HP | https://maisondesperles.com


Môko Kobayashi Exhibition 『見えない左手』

日時:2020.7.10 fri.−7.26 sun. 12:00-19:00
場所:gallery deux poissons
住所:東京都渋谷区恵比寿2-3-6 1F
URL:https://www.jewelryjournal.jp/event/21985/
問合せ先:03-5795-0451

作家在廊日:7.10 fri.−7.11 sat. 14:00-19:00 / 7.19 sun. 15:00-18:00 / 7.26 sun. 14:00-19:00


Text by Naoko Murata




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