旅を経て、新しい場所と未来図を描く《SIRI SIRI》インタビュー − 前編

今夏、《SIRI SIRI(シリシリ)》の初となる路面店が赤坂にオープンしました。現在、スイスを拠点としている代表・デザイナーの岡本菜穂さんに、新店舗のコンセプトや空間設計のイメージ共有のために訪れた旅のストーリー、そしてブランドの変遷とこれからについて伺いました。

旅先で目にした、小さな花の気づき

赤坂通りから1本裏通りにあたる道沿いにある、瀟洒なマンションの1階。ガラス扉を開けるとそこには静謐な空間が広がり、まるで水面のような床には空が映り込んでいた。

「数年前からいつかは路面店を……と漠然と考えていましたが、場所も時期も定まってはいませんでした。具体的には何も決まっていないのに、新店舗の設計をお願いするとしたら建築家の工藤桃子さん(MMA Inc.)がいいなと思っていました。工藤さんとは3年ほど前に知人を介して知り合ったのですが、当時ちょうど私はスイスの大学を志していた頃でした。彼女は幼少期にスイスで生活をしていた経験があって、いろいろと相談にのってもらうようになっていました。

工藤さんと私はデザインの思考や傾向が似ていて、よいと思うデザインや美しいと感じるようなデザインに対する思想は一緒。この思想が一緒というのはすごく心地よくて、会うといろんなことを話します。プライベートでは地方で開催されていたアートフェスティバルに一緒に足を運んでみたり、軽井沢の別荘地を巡ったりとデザインにまつわる旅は何度かしました。でも、実際に新店舗の設計を依頼するとなるとまずはイメージの共有が必要だと思って、昨年はスイス、今年はミラノを一緒に旅しました」

岡本さん自身、桑沢デザイン研究所で空間デザインを勉強していたこともあり建築に関しての知識があったが、いくら工藤さんとデザイン思想は大きく似ていても、ディテールや質感など細かな部分含めてのイメージを共有するには時間がかかるもの。そのことをよく知っていたので、まずは2人を結びつけたスイスを視察し、翌年にはミラノへ向かいミラノサローネ(ミラノで毎年開催される世界最大の家具見本市)にも足を運んだ。スイスの建築やアートを巡った旅の詳しい様子は、《SIRI SIRI(シリシリ)》のWEB MAGAZINE・SIRI SIRI ASSEMBLAGEの「デザイナー岡本菜穂と建築家・工藤桃子のスイス建築紀行」で紹介されている。

「好きなデザイナーやプロダクトも似ていますし、素材に対するアプローチや考え方も似ている工藤さんとの旅ですが、やはり各々で視点は異なります。私にとって新しい視点に気づかせてもらったなと思った出来事が、スイスの道中でありました。

少し足を伸ばしてル・コルビュジエが晩年に設計した『ノートルダム・デュ・オー礼拝堂(ロンシャン礼拝堂)』を訪ねたときのことです。この礼拝堂は山を少し登ったところにあるんですが、その山道で工藤さんは小さく愛らしい花を摘んでいたんです。摘んだ花でしおりを作ったりしていて、彼女が言うには『スイスで過ごした小さい頃のことを思い出して……』と。私は道に咲いている小さな花には気づけなくて赤いキノコとか分かりやすいモノに目がいっていたんですが、同じ道を歩いていてもこんなにも視点が異なるのかと。そしてそれをしおりにするという発想が自然に思い浮かぶのが素敵だなと思って、建築やアートとはまた違った視点で、工藤さんの小さな美的センスを垣間見た気がして興味深かったです」

旅を終えて、新しい場所ができるまで

「私が日本に帰国したタイミングで物件探しもしていたのですが、ピンとくる出会いがなくて。新店舗の物件を見つけてきたのは共同経営者です。私はスイスにいて実際に内見することはできなかったので、工藤さんに見てもらって。もちろんリモートで確認はしましたが、最終的には共感するポイントが似ている工藤さんにお任せした感じです。だから、実際に私がこの空間を目にしたのはオープンの3日前でした。

旅を経てイメージの共有ができていたこともあり、工藤さんから最初の設計プランが上がってきたのはすごく早かったですね。大まかな動線や収納など機能面に関する要望は伝えたりして多少の修正を重ねましたが、根本的なプランの見直しというのはなかったです。あ、什器に関しては少しやりとりがあったかな。『大胆さが欲しいので、もっとドーンと!』とお願いしました」

そして完成したオリジナルの什器は、水平垂直の直線が独特のバランスで交わり平面を生み出している。線の組み合わせのおもしろさや質感のあるブルーグレーの色合いも相まって、独特の陰影が什器の存在感を引き立てている。

什器のディテールの高さやアールなどはすべて工藤さんにお任せして完成した什器。静かな存在感で、ジュエリーを引き立てている。

「スイスの建築も線の組み合わせが大胆。その要素を工藤さんは新店舗の設計には取り入れてくれたと思います。旅先ではよく質感のある壁を写真に撮ったり、実際に触れてみて手ざわりを確認しましたが、それはテクスチャーのある什器の表情などにも活かされていますね。この黒い床のアイデアも工藤さんがずっと思い描いていたもの。日本は床面は白を基調としているところが多いですが、ヨーロッパは黒い床の家も多くて。やってみたいなら、いいんじゃない?とお願いしました」

スイスという離れた地にいる岡本さんには、日本で用意した壁のカラーやマテリアルのサンプルなどを直接確認することは難しく、プランや施工のジャッジ含めて工藤さんに託していたところが大きかったと語る。全幅の信頼関係があってこそのクオリティとスピードで、新店舗は無事7月13日にお披露目となった。

湖面を彷彿させる透明感のある床の表情。松を燃やした煤でつくった硝煙墨パウダーと雲母(大理石の光る部分を砕いたパール光沢の顔料)を混ぜたレジン(樹脂)を流した床面。レジンは2層になっており、2層目をより黒い色調に調整して重ねている。所々、既存床のコンクリートが覗く。

インタビューの後編では、岡本さんに《SIRI SIRI(シリシリ)》というブランドの変遷とこれからの未来図について伺います。


Profile 《SIRI SIRI(シリシリ)》岡本菜穂
SIRI SIRI 代表・デザイナー。桑沢デザイン研究所スペースデザイン科卒。2006年よりジュエリーブランド「SIRI SIRI」をスタート。建築、インテリアデザインを学んだ経験を活かし、ガラスなど身のまわりにある素材を使ってジュエリーをつくっている。
公式HP | https://sirisiri.jp


Text by Naoko Murata
Photo by Chihaya Kaminokawa




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