【連載】コンテンポラリージュエリーことはじめ Vol.7 – ジュエリーの可能性を探って①:写真に見る実験精神

ロバート・シュミット(Robert Smit)、『日々の装い』、1975、撮影:ロバート・シュミット、Ⓒロバート・シュミット|ドローイングのためのリサーチで使用していたポラロイドSX-70で撮影した100枚超ある写真のうち2枚。2箱の煙草を持ったさまざまなしぐさが写されています。

前回のこのコラム「コンテンポラリージュエリーことはじめ vol.6 独創性の饗宴 新時代のジュエリーの旗手たち」では1950年代以降に見られるようになった多様な表現に目を向けました。今回は1970年代から1980年代のコンセプチュアルな風潮を、写真表現から見ていきます。

こうした作品の多くは既定のジュエリーの形式には収まらず、その意図を伝えるうえで写真が重要でした。なかにはリサーチの一環として写真を用いた作家もいます。

概念をまとう

連載第5回でも取り上げたハイス・バッカーは1973年に『シャドウジュエリー』を発表しました。写真のなかの腕にはシンプルなブレスレットがはめられていますが、重要なのはそれが残す痕跡です。『シャドウジュエリー』のことをコンセプチュアルなジュエリーの第1号だと言う人もいますが、コンセプチュアル=難解というイメージをくつがえすに足る、説明の要らない明快さと説得力のある作品です。

ハイス・バッカー、『シャドウジュエリー』、1973、素材:イエローゴールド585、専用の箱付、Ⓒハイス・バッカー|この写真にはブレスレットが装着された状態が写されていますが、はずした後の痕跡のみの写真もあります。同じようにしてウエストや足首などの部位も撮影されました。

衣服への接近

イギリス出身のスザンナ・ヘロン(Susanna Heron)(1949-)は、テキスタイルやレジンなどの金属以外の素材や写真といったさまざまな媒体を駆使しました。ヘロンの仕事には、パフォーマンスの要素も感じられます。

1979年には写真家でパートナーのデイビッド・ワード(David Ward)(1951-)との共作により、自分の体に当てた光が描く模様を写した『光の投影』という写真シリーズも制作しました。

1981/1982年にはストッキングのような透け感と伸縮性のある布地を円形の枠に張り、それを頭などに結いつけて固定する『ウェアラブル』を発表しました。展示会場には、身につけたところを写した写真も一緒に並べ装着方法がわかるようにしましたが、この写真もジュエリーと同等に重要なものでした。

「装着可能性」を意味する『ウェアラブル』というタイトルには、どこまでがジュエリーで装着の機能とは何なのかというヘロンのジュエリーにおいて一貫したテーマが集約されているように見えます。ヘロンはこの作品を最後に彫刻の道へ転向します。

同じくイギリスのキャロライン・ブロードヘッド(Caroline Broadhead)(1950-)は当初、象牙やテキスタイルで制作していましたが、やがて衣服へと接近していきます。そのきっかけとなったのが80年代初頭に作ったナイロン糸をネット状に織り上げた作品です。以降、ブロードヘッドの仕事は、衣服や椅子、インスタレーション、振付師やダンサーとのコラボレーションによるパフォーマンスなどへと発展していきます。

この変遷は、人との接触が作品にもたらす変化や刹那的な時間の推移に当初から関心のあったブロードヘッドにとって、自然な成り行きだったのかもしれません。彼女は時に、インスタレーションやパフォーマンスにおいて感情の高まりや親密さを表現するためにジュエリーを使うこともあります(連載第1回の『孤児のためのブランケット』(2014)など)。近年はビーズのジュエリーも制作しています。

キャロライン・ブロードヘッド、『ネックレス/ベール』、1982、撮影:デイビッド・ワード、素材:ナイロン、Ⓒキャロライン・ブロードヘッド|素材とその加工方法によって生じる伸縮性を活用。縦に縮めるとネックレスになります。写真作品としても完成度が高く、照明や背景など、計算した演出が施されているのがわかります。

「身につける」って?

オーストリアのペーター・スクービチ(Peter Skubic)(1935-)は『ジュエリー・アンダー・ザ・スキン』(1975)と題して身体改造的な方法を採りました。彼はこの作品で、スチールのディスクを腕に埋め込み、手術の様子を写真に記録し、その後レントゲン写真を撮って体内のディスクを可視化しました。スクービチは1982年に除去手術を行い、摘出したディスクを収めたジュエリーも作りました。

スイス出身のピエール・デゲン(Pierre Degen)(1947-)は、素材にこだわらずアッサンブラージュ的な手法を好み、つけるものと人との関係を考えるさい、周囲の空間も視野に入れました。この写真には、人と作品とが一体となった姿が、風景のように収められています。デゲンは物体が落とす影もまた作品の一部とみなしました。

ピエール・デゲン、『個人的環境』、1982、素材:木材、紐、140㎝ x 140cm、Ⓒピエール・デゲン|デゲンはもともと建築模型の制作者を目指していましたが、細かい作業を習得するためジュエリーを学びました。この作品はあらゆる点でジュエリーらしくありませんが、そのぶん装着の行為とその体験が強調されています。

冒頭の写真は、オランダのロバート・シュミット(Robert Smit)(1941)の1975年の作品です。ゴールドを好んだシュミットは、少し前からオランダジュエリー界にはびこっていたゴールド忌避のあおりを受ける形でジュエリー制作から遠ざかり、ドローイングに専念していました。

ドローイングはひとつの行為であるという考えのもと、ポラロイド写真で手の動きなどを研究していたシュミットは、その応用とも発展ともいえるこの写真シリーズを制作し、ジュエリーの展覧会に出品しました。

ジュエリー不在の表現からはシュミットの反発や幻滅がうかがい知れますが、この作品を見ると、その人のイメージや印象をつくりあげる行為が装いであるならば、服装や身なりだけが装いのすべてではないということに改めて気づかされます。シュミットは今も、ジュエリーとファインアートの両方で活動しています。

ドイツを代表するオットー・クンツリ(Otto Künzli)(1948-)も、写真とジュエリーについて論じる際に必ずといっていいほど取り上げられる作家ですが、彼のことは今後別の章で紹介します。

ここまで見てきた作品をジュエリーという文脈で語るのはムリがあるように見えるかもしれません。実際、発表された当時も一般の鑑賞者だけでなく批評家からも批判の声が上がりました。

作家やキュレーターの側も、ジュエリーの枠には収まりきらない自分たちの作品を的確に言い表す呼称を考えました。スザンナ・ヘロンの『ウェアラブル』もその試みのひとつです。ほかにもボディジュエリーや、身につける彫刻または身につけるオブジェを意味する、sculpture to wear、wearable sculpture、objects to wear などの名前が考案されました。

時代背景

この時代、なぜこうした作品が盛んにつくられたのでしょうか。その理由のひとつとして、1960年代から1970年代、現代美術界ではコンセプチュアリズム、パフォーマンスやボディアート、映像などによる表現が次々と見られ、ジュエリー分野もそこに接続しようとしたことが挙げられます。

コンセプチュアルな風潮はここで取り上げた時代をピークに影をひそめていきますが、そこには造形表現から、ジュエリーや装着の概念そのものの問い直し(このように物事の意味や本質を根本から問い直すことを脱構築といいます)への転換が見て取れます。この一大変化の陰には、現代美術という外的要因のほかに、もっと自発的な意思や必然性があるように思われます。なぜならジュエリーの限界を探ることは、ジュエリーに固有の表現をさがす過程において一度は通らなければならない道だからです。

また、このころのジュエリーを言い表す言葉として、ニュージュエリー(New Jewelry)があります。これは1985年にキュレーターで著述家のラルフ・ターナー(Ralph Turner)と著述家で批評家のピーター・ドーマー(Peter Dormer)(1949-1966)がつくった言葉で、同名の文献は今もコンテンポラリージュエリーの重要な入門書のひとつに数えられています。

ニュージュエリーは必ずしもコンセプチャルな作品のみを指すのではなく、前回見た1950年代半ばごろから、この本が書かれた1980年代半ばごろまでに作られたアーティスティックで前衛的なジュエリー全般をさします。明確な定義がなくあいまいな概念ではありますが、新表現の模索に余念のなかった当時の状況を言い表すのにぴったりの呼称であり、多くの文献でも用いられていますので、覚えておくとよいでしょう。

次回は、着眼点を拡大することでジュエリーの可能性を探った例をさらに見ていきます。


 

【参考資料】
Liesbeth den Besten, On Jewellery: A Compendium of International Contemporary Jewellery, Stuttgart: Arnoldosche Art Publishers, 2011
Glen Adamson, Thinking through Craft, London/New York: Bloomsbury Academic, 2013
Peter Dormer, Ralph Turner, The New Jewelry: Trends and Traditions, London: Thames and Hudson, 1985
Susan Cohn (Ed.), Unexpected Pleasures: the Art and Design of Contemporary Jewellery, New York: Rizzoli International Publishers, Inc., 2012
Liesbeth den Besten, Caroline Broadhead, Jorunn Veiteberg, Caroline Broadhead, Stuttugart: Arnoldosche Art Publishers, 2017

【参考ウェブサイト】(最終閲覧日はすべて2022年5月17日)
Sussana Heron, https://susannaheron.com/
Gijs Bakker, https://gijsbakker.com/
Caroline Broadhead, https://carolinebroadhead.com/
Robert Smit, https://www.robertsmit.works/
Liesbeth den Besten, The Jewelry of Gijs Bakker, https://www.ganoksin.com/article/jewelry-gijs-bakker/
Karen S. Chambers, Pierre Degen Plays: His Own Rules, https://www.ganoksin.com/article/pierre-degen-plays-rules/
Gallery SO, https://www.galleryso.com/


※この連載は、以前このウェブマガジンに掲載されていた同タイトルの連載を大幅にお色直ししたものであり、その内容は2021年5月1日に開催されたコンテンポラリージュエリーシンポジウム東京のオンラインプログラム「コンテンポラリージュエリーの基礎知識」の講義に基づいています。
※このコラムのテキストおよび画像の無断転載や無断使用は固くお断りします。画像の取得においては、ルイズ・シュミット氏、ロバート・シュミット氏、ハイス・バッカー氏、キャロライン・ブロードヘッド氏、ピエール・デゲン氏のご協力をいただきました。
※より詳しく知りたい人が検索しやすいよう、日本語での情報の少ない固有名詞は原文を併記しています。


これまでの「【連載】コンテンポラリージュエリーことはじめ」も、ぜひお楽しみください。

【連載】コンテンポラリージュエリーことはじめ Vol.1 – コンテンポラリージュエリーって何?


Makiko Akiyama
Makiko Akiyama
秋山真樹子 Makiko Akiyama

専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジ コンテンポラリージュエリーコース卒。卒業後、同校での教職を経て翻訳・執筆業に転向。Art Jewelry Forumアンバサダープログラム日本代表。共著に『Spring/Summer 16_green gold』(Schmuck2編、2017)『Jiro Kamata: VOICES』(Arnoldsche Art Publishers、2019)がある。

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