エモーショナルなジュエリー Vol.10「トーマス・ドノチック」

「The Stellar Diamond Necklace」18K White Gold, White Diamonds

国際的なデザインアワードにおいて、今では名を連ねる常連となっているジュエラー、トーマス・ドノチック。デビアスやガラードといったハイブランドでデザイナー経験を積んだ事でも知られるトーマスだが、筆者が初めてトーマス自身のコレクションを見たのは2015年に遡る。

Electric Nightと名付けられたそのコレクションは、それまで筆者が抱いていた、幾何学的なジュエリーデザインへの観念を覆すものであった。直線を多用したデザインというのは、ともすれば工業的で無骨な印象になりやすいのだが、トーマスが生み出すデザインにはそれまでに無い、細やかで洗練された現代らしさがあった。更に特筆すべきはトーマスの色使いのセンスであろう。アイオライトやブルートパーズといった青系の宝石があしらわれたこのコレクションは、都会のネオンを思い起こさせるようなヴィヴィッドな色使いが効いている。トーマスが最も気に入っている自身の作品も、このコレクションに属するBlade Runner Ringだそうだ。このコレクションが生まれた経緯をトーマスに聞いてみた。

Electric Night Collection
left:「Blade Runner Ring」18K Rose Gold, Emerald, Iolite, Blue Topaz, Tanzanite, Amethyst and Sapphire
middle:「Electric Night Cuff Earrings with Muti Drop」18K Rose Gold, Iolite, Blue Topaz, Tanzanite, Amethyst and Sapphire
right:「Cocktail Ring」18K Rose Gold, Iolite, Blue Topaz, Tanzanite, Amethyst and Sapphire

「このコレクションはブレード・ランナーのような、暗くて妖しい美しさを持つネオ・ノワール映画からインスパイヤされたものです。雷、回転するファンで絶え間なく途切れる光線、雨の中のネオンサインといった要素を表現するために鮮やかな色石を使用しています。バゲット・カットを使用するのはこのコレクションが初めてだったのですが、Electric Nightというコレクションを定義する上で主役の役割を果たしています。ブレード・ランナーで描かれるレトロ・フューチャーな世界観は、現代的に、もっと言えば未来的に、アール・デコを再解釈する着想源になりました。」

トーマスはポーランド出身だがウィーンで育ち、十代の頃は画家を志していたそうだ。しかし2000年に渡英してセントラル・セントマーチンズに進学後、彫金とジュエリー制作の世界にのめり込んだ。鑑賞するだけではなく着用もできる、とてもパーソナルなオブジェを自分でデザインして作り出せる点に魅力を感じたそうだ。トーマスはどのようにして美しいジュエリーのデザインを生み出しているのだろうか。

Stellar Collection
left:「Band Ring」18K Rose Gold, White Diamonds, Pink Opal, Ruby, Hematite
middle:「Stellar Dune Earrings」18K Rose Gold, White Diamonds, Pink Opal, White Agate, Ruby, Hematite
right:「Explosion Ring」18K Rose Gold, White Diamonds, Pink Opal, White Agate, Ruby, Hematite

「個人的には、美しいジュエリーというのは美しいデザインが全てだと思っています。世界一美しい石を持っていたとしても、その魅力を最大限に引き出すには素晴らしいデザインが必要です。劣悪なデザインは、石の美しさを台無しにしてしまいます。だから私はいつも、まずはデザインを完成させてからそのデザインと最も合う石を選ぶようにしています。」

「私は主に、文学、映画、建築、ファインアートからインスピレーションを得ています。例えば、私が一番初めに作ったRussian Aristocratというコレクションは、ミハイル・レールモントフの小説『現代の英雄』の主人公からインスパイヤされています。Electric Nightコレクションは1982年のSF映画、ブレード・ランナーに登場する、ネオンに彩られた摩天楼からインスパイヤされていて、Stellarコレクションは1970年代の画家であるフランク・ステラの作品からインスパイヤされています。ステラの作品のどこに刺激を受けたかというと、形状の角度を変えて重ね合わせたり、余白スペースを生かす手法です。これらの手法をファイン・ジュエリーに転用してStellarコレクションが生まれました。インスピレーションは直接的なものではなく、作品や形状に含まれる雰囲気がアイデアを生み出すキッカケになり、そこから発展させたコンセプトがコレクションを形成しています。」

Russian Aristocrat Collection
「Chesterfield Cuff」18K Gold, Leather

日本国内でトーマスのファインジュエリーを鑑賞できる機会はあまり無いのだが、シルバーやレザーを使用したトーマスのメンズアクセサリーは取扱店舗もあり、B’zの稲葉浩志氏などの著名人をはじめとしたコアなファン層が存在している。現在トーマスは、日本のマーケットに向けた新しいアクセサリーを製作中だそうだ。

「ローンチ前なのでまだ詳細は話せませんが、これまで日本で販売されてきたメンズコレクションをヘリテージにしたものになる予定です。過去5年間は女性向けのファインジュエリーに集中していたので、次は全く違うものを作りたかったのです。私が初めて製作したのもメンズジュエリーだったので、自分のルーツに立ち戻って、思い入れのある作品を作りたいと思っています。」

トーマスの稀有なセンスから生み出される、新作のお披露目が待ち遠しい。


画像/資料提供

TOMASZ DONOCIK | https://www.tomaszdonocik.com


Mika Murai
Mika Murai
村井 美香 Mika Murai
1986年生まれ。大阪府出身。15歳の時に単身渡英。ケント州の高校をオールAの成績で修了した後、ロンドンの名門美術大学Central Saint Martins College of Art and Designに進学。その後、Kingston大学大学院に進み、首席で卒業。英国王室御用達のジュエリーブランドなど、様々な有名ブランドでデザイナーとして経験を積む。帰国後は国内の某ラグジュアリージュエリーブランドで勤めた後に独立。ジュエリーデザイナー 、コラムニストとして活動中。mika jewellery(https://mikajewellery.net)を2019年に立ち上げた。

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