エモーショナルなジュエリー Vol.8 「ロレンツ・バウマー」

Collier Phoenix | Yellow Gold, Andesine
「Collier Phoenix」 Yellow Gold, Andesine

高級宝飾店の聖地として知られる、パリのヴァンドーム広場。今回紹介するのは、この燦爛たる広場の19番地にサロンを構える、ロレンツ・バウマーだ。何代も続く老舗店が立ち並ぶ中で、ロレンツはたった一代で地位を築いた、異色の存在だ。日本国内でのロレンツの知名度は決して高くないが、彼がデザインを提供してきたメゾンの名前を知らない人はいないだろう。

ロレンツは大学でエンジニアを学んでいたが、その頃には既に「ジュエリーを作りたい」という決意を固めていたそうで、卒業後は順調にジュエラーとしてのキャリアを積んでいく。1988年にはLORENZというコスチュームジュエリーブランドを立ち上げた。同年にはクリスタルイヤリングのデザインをバカラに提供している。その後ファインジュエリーの制作を始め、1995年にはヴァンドーム広場にサロンを構えるに至った。1998〜2007年はシャネルにおいて芸術的なハイジュエリーを次々と生み出し、2009〜2015年はルイ・ヴィトンでファインジュエリーのアーティスティック・ディレクターも務めた。2010年にはレジオンドヌール勲章(フランスの最高勲章)を受章している。

複雑な形状もエレガントに洗練させる、造形の魔術師

left :「Broche Envol」 White&Yellow Gold, Diamonds, Sapphires, Smoky Quartz, Citrines, Pink Tourmalines, Rubellites, Amethysts
right :「Boucles d’oreilles pendantes Etincelles」 White Gold, Beryls, Diamonds, Sapphires, Pink

ロレンツ作品の一番の特徴は、なんと言っても絶妙なバランス感覚だ。「Broche Envol」「Boucles d’oreilles pendantes Etincelles」といった作品では、幾何学的なモチーフが四方八方複雑に散らばっているにも関わらず、雑多な印象を与えない。むしろ「これ以外の配置は有り得ない」とすら感じさせる、完璧な美しさが際立つ。

left :「Bracelet Jardin Japonais」 White Gold, Sapphires, Peridots, Amethysts, Pink Quartz, Diamonds
right :「Boucles d’oreilles pendantes Light Painting」 White Gold, Aquamarines, Sapphires, Onyx

また、冒頭画像「Collier Phoenix」のように、緩急を付けたラインが幾重にも折り重なるデザインもロレンツの得意とするところだ。「Bracelet Jardin japonais」「Boucles d’oreilles pendantes Light painting」といった、場面が限られたピースであってもクドさを感じさせない。視覚的な情報量が多くても洗練された印象を与えられるのは、ロレンツ作品ならではの魅力だ。

left :「Broche Fleur Keishi」 White Gold, Freshwater Pearls, Pink Tourmalines, Sapphires, Diamonds
right :「Bijou de tete Tiare Ecume de diamants」 White Gold, Diamonds

独特の作風を持つロレンツだが、両親のライフスタイルや職業が彼に与えた影響は非常に大きいと思われる。ロレンツの母親は優れた絵付師で、フランスの高級陶磁器ブランドで勤務していた経験もあるそうだ。色彩や造形に対する彼女の優れた美的感覚は、しっかりとロレンツに受け継がれているのだろう。

また、ロレンツの父親は外交官だったため、ロレンツは様々な国を転々としながら幼少期を過ごした。現在でも彼は旅好きで知られており、旅先で触れる自然が大きなインスピレーション源になっているという。「Broche Fleur Keishi 」のように、植物や生物をモチーフにした作品も数多く生み出している他、2011年にモナコのシャルレーヌ妃のために制作した「Bijou de tête Tiare Ecume de diamants 」は、波がモチーフになっている。五輪水泳選手だったバックグラウンドを持つシャルレーヌ妃と、旅先の海でサーフィンを楽しむ趣味を持つロレンツは意気投合して、スタイリッシュな躍動感に溢れたこの作品が生まれたそうだ。

複雑な形状が折り重なったデザインであっても美しく見せられるのは、一つの国の文化や常識に捉われずに育った背景や、自然が生み出す完璧な造形美を深く理解しているロレンツだからこその妙技だと頷ける。今後の作品も楽しみでたまらないジュエラーの一人だ。


画像/資料提供

LORENZ BÄUMER | https://www.lorenzbaumer.com



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