エモーショナルなジュエリー Vol.1 「ルネ・ラリック」

蜻蛉の精 | 1897-1898年頃制作 グルベンキアン美術館所蔵©LALIQUE SA

ジュエリーを見て、鳥肌が立つほど感動した経験はあるだろうか。私個人の場合だと、ルネ・ラリックのコサージュブローチ「蜻蛉の精」を初めて見た時がそれに当たる。

妖艶でミステリアスで、何時間でも見入ってしまいそうになる魔力を持つこんなジュエリーが存在することを、私はそれまで知らなかった。「蜻蛉の精」と呼ばれるこの作品は、1900年のパリ万国博覧会に出品されて評判になった。今でもラリックの最高傑作ジュエリーとして名高い作品だ。ジュエリーの価値は使用されている宝石で決まるとされていたそれまでの常識を覆し、創造性や技術力を評価するという流れをジュエリー界に作り出したのは、ラリックが残した大きな功績だ。

ラリックはデパートなどに店舗が入っているため日本国内でも知名度が高いが、ジュエリーとは関連付けて考えず、ガラス工芸作家として認識している人が多いのではないだろうか。それは無理もない話で、アール・ヌーヴォー期に最盛を極めたラリックのジュエリーは、アール・ヌーヴォーの終焉と共に制作されなくなっていったからだ。その後ラリックは香水瓶や花瓶をはじめとする、ガラス工芸品の制作に活動をシフトさせていったという経緯がある。

初めてラリックの作品と出会った当時、私は大学生で、ロンドンのアンティークギャラリーでアルバイトをしていた。そのため、アンティークジュエリーとの出会いを通してジュエリーの世界に惹かれていったのは自然な流れだった。アンティークジュエリーを扱うギャラリーはロンドンに多数存在しており、当時は貪るように様々な作品を鑑賞していたが、ラリック作品を超える感動には未だ出会えていない。斬新で幻想的なジュエリーを多々世に残したラリックの作品を、今回はいくつか紹介させていただきたい。
 

left : 九匹の蛇の胸飾り | 1898-1899年頃制作 グルベンキアン美術館所蔵
right : 蛇とエジプト風装飾 | 1900-1902年頃制作 箱根ラリック美術館所蔵

「蜻蛉の精」にも見られるように、爬虫類からインスパイヤされたラリック作品は多い。中でも、蛇はラリック作品に繰り返し登場するモチーフだ。「九匹の蛇の胸飾り」と呼ばれる左側の作品では、絶妙なバランスとプロポーションで配置された蛇達の造形美に圧倒される。当初パリ万国博覧会で発表された際には、それぞれの蛇の口から真珠の連が垂れ下がっていたと言われている。

同じく蛇モチーフが用いられているイヤリング「蛇とエジプト風装飾」は、箱根ラリック美術館所蔵のため、日本国内で実物を鑑賞する事も可能だ。今にも蛇が襲いかかって来そうな表現力の高さや、鱗部分の艶かしくて精巧な七宝技術にも注目して欲しい。

left : 遠国の姫君 | 1898-1899年頃制作 リュクサンブール美術館所蔵©LALIQUE SA
right : 六羽の燕の飛翔 1886-1887年頃制作 ラリック美術館(フランス)所蔵 ©Coll Privée

情景を切り取ったかのような絵画的な作品も、特筆したいラリックお得意の作風だ。上記二作品とも、視覚以上の感覚に訴えかけて、風の音や温度を感じさせないだろうか。深々と胸を打つ、詩的な美しさと味わいがある。

左側の「遠国の姫君」は、同名の演劇作品で悲恋の王女メリザンドに扮する舞台女優、サラ・ベルナールを描いたものだと言われている。「六羽の燕の飛翔」は、平面的ながら躍動感を感じさせ、北斎漫画など当時流行していたジャポニスムの影響が色濃く伺える作品だ。

left:女の顔とポピーのペンダント |1898-1900年頃制作 グルベンキアン美術館所蔵
right:女の顔とサファイヤのペンダント | 1897-1898年頃制作 グルベンキアン美術館所蔵


 
女性の顔や姿もラリック作品には度々登場する。「女の顔とポピーのペンダント」では、乳白色のオパルセントガラスで作られた女性の表情に生気が感じられず、鑑賞者を一瞬ひやりとさせるが、ポピーの花は眠りの象徴であり、この女性は今まさに夢を見ているところだと思われる。幻想的な世界観を表現するアール・ヌーヴォーらしい作品だが、ファンタジーにどこかダークな要素を加えるのが、ラリックならではの美的感覚だ。

「女の顔とサファイヤのペンダント」では、女性の顔の上で怪物が大きく口を開けている。美しい女性と醜い怪物という相反するものの組み合わせは、「蜻蛉の精」にも見て取れる、ラリックが好んだ表現方法の一つだと言える。このペンダントの女性も先述の舞台女優、サラ・ベルナールがモデルだと言われている。

シルフィード (風の精) | 1897-1899年頃制作 箱根ラリック美術館所蔵

孔雀の胸飾り | 1898-1900年頃制作 グルベンキアン美術館所蔵

最後に紹介するのは、優美な曲線が織りなすフォルムが特徴的な二作品、「シルフィード」と「孔雀の胸飾り」だ。自然界を模した曲線というのはラリックに限らずアール・ヌーヴォー美術全体に共通する要素だが、後のガラス工芸作品にも遺憾なく活かされ続けるラリックの精緻な曲線には、眺めているだけで溜息が出そうになる美しさがある。ラリックがアール・ヌーヴォーを代表する芸術家だと言われるのも頷ける。 

「かわいい」「綺麗」「面白い」と感じるようなジュエリーは簡単に見つけられるが、心を強く突き動かされる感動的なジュエリーというのは、日常生活の中では知る機会が限られている。また、日本はジュエリーの歴史が浅い事もあり、外国に比べるとジュエリーの捉え方や楽しみ方がかなり狭義的な印象だ。

この連載では、私が今までに培ってきた、海外ジュエリーの知識を少しずつ紹介していきたいと思う。まずは「エモーショナルなジュエリー」というシリーズで、感情に訴えかける力を持つ作品を紹介していきたい。


「オパールとオパルセント 魔性の光に魅せられて」


日時:2018.4.28 sat. – 12.2 sun.
場所:箱根ラリック美術館
公式HP | http://www.lalique-museum.com/museum/event/


画像/資料提供

箱根ラリック美術館 | http://www.lalique-museum.com
グルベンキアン美術館 | https://gulbenkian.pt
フランス ラリック社 | https://www.lalique.com/en



Mika Murai
Mika Murai
村井 美香 Mika Murai
1986年生まれ。大阪府出身。15歳の時に単身渡英。ケント州の高校をオールAの成績で修了した後、ロンドンの名門美術大学Central Saint Martins College of Art and Designに進学。その後、Kingston大学大学院に進み、首席で卒業。英国王室御用達のジュエリーブランドなど、様々な有名ブランドでデザイナーとして経験を積む。帰国後は国内の某ラグジュアリージュエリーブランドで勤めた後に独立。ジュエリーデザイナー 、コラムニストとして活動中。

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